The EVIDENCE 2024として採択された、JPSTF研究。The EVIDENCE 2023のLVC研究に続く、医療分野の研究になります。社会保障費の適正化に貢献しうる、DSTが推進する新たな研究をリードする3人の研究者にお話を伺ってきました。(聞き手:高嶋 和代、記録:田﨑 一崇)

ーー今回のプロジェクトは、皆さんがそれぞれ異なる場所から参加されていますが、どのようなきっかけで一緒に研究をすることになったのでしょうか。
(宮崎) 私と向原先生が、名古屋大学医学部の総合診療科で一緒に働いていた際、根拠のない予防医療や健診/検診をやらなければならない状況に疑問を持ったことをきっかけに、仲間内で学習会のようなものを始めました。その後、日本プライマリ・ケア連合学会の中でワークショップなどを通じて、根拠に基づく予防医療を全国に広めようという活動が始まりました。この活動が学会の委員会として正式に認められ、森先生や他の全国の先生方にも参加していただき、10名以下の小さなグループで、2003年から20年以上にわたって一緒に取り組んできています。
ーー根拠のない健診/検診に疑問を持ち始めたのは、どんなきっかけからなのでしょうか?
(宮崎)病院外の健診センターで働くことがあるのですが、そこに行くと「これをやってください」、「あれをやってください」と求められることが多いんです。そのたびに、「私は何をしているんだろう」と思うことがありました。例えば、27歳の人が便潜血検査(大腸がん検診)で陽性になり、精密検査をするように指示されたんですが、27歳で大腸がんの可能性はほとんどないはずです。それでも、担当者から「この前、若い人で大腸カメラをしたらポリープが見つかりましたよ」と返答がありました。そもそも、その年齢の人にこうした検査をする意義がどれほどあるのか、あまり考えられていないことが多いんです。また、人間ドックでよく行われる腫瘍マーカーの検査ですが、これはがんが進行している時に上がるもので、早期発見を目的とする予防医療には本来そぐわない検査です。しかも、タバコを吸っている人でもマーカーが上がることがあるんです。そのため、健診/検診結果で「がんかもしれない」と不安になって病院に来る患者さんがいますが、実際にはタバコが原因でマーカーが上がっていることも多いんです。言い出すとキリがないくらい、こういったことがたくさんあります。

(森)私も総合病院に勤務しているため、1次検診で引っかかった方が紹介状を持って来られることがよくあります。そこで悩むのは、先程の腫瘍マーカーの問題や、高齢の方に対して大腸カメラなど体に負担がかかる検査を求められることが、本当に適切な医療なのかどうかを常に考えさせられるところがありました。そうした背景もあって、向原先生や宮崎先生のグループに参加させていただくことになりました。
(向原)正直なところ、最初から社会的な視点を持ってこの活動をやってきたということとは、少し違うんですが、これまで臨床医として、個々の患者さんに向き合う中で、日々の診療で感じる疑問がすごく多かったんです。それが、この活動を行うモチベーションの基本になっていました。だからこそ、今回の取り組みによって、どう社会に広がっていくのか、社会がどう変わっていくのかが楽しみだと思っていて、この過程を知っていくことが、自分にとっても本当に意味のあることで、ありがたいなと思っています。
ーー必要のない診療はどうして続けられているのでしょうか。
(宮崎)学会レベルでは、こうした予防医療は必要ないんじゃないかと長い間提唱してきたんですが、なかなか社会に浸透していない状況が10年、20年と続いています。その理由もある程度はわかっていて、結局、法律や社会制度があるためなんですよね。国や市町村レベルでトップダウン的に、「こういうことをやりましょう」と言われたら、「はい、わかりました」となるけれど、いくら我々が現場の人たちに伝えて、共感してもらえたとしても、その人たちの活動や行動を変えることは難しいんです。たとえば、目の前に来た患者さんに対しても、長年の慣習に従わざるを得ないような状況です。制度が変わらない限り、こちらが何を考えていても、やらなければならないことは変わらず、なかなか潮流を変えるのは難しいんです。厚労省の方と話したこともありますが、そこから先がなかなか進まないというのが現実です。私たちとしては、無駄な医療や無駄な健診が、社会保障費を蝕んでいるんじゃないかという思いがあり、それがなくなればもう少し効率的になるのではないかと考えています。
ーー先生方としては、やはり患者さんのことを思ってのことだと思いますが、患者さんにとって「無駄な検診がなくなる」ということにはどのようなメリットがあるのでしょうか?
(森)コンビニに行くと、お菓子やお弁当などいろいろな商品が並んでいて、みんな「これが欲しい」と思って買いますよね。でも医療はそういうわけにはいかないんですよね。CTなどの画像検査、採血検査などいろいろな検査がある中で、患者さんが「これをやりたい」と選ぶようにはなっていない。それは、医療については、高度に専門性が高く、患者さんの背景、安全性、コストなども含めて、専門職が総合的に判断し助言する必要があるものだからだと思います。患者さんが「これが欲しい」と思って選んだものが、実際には害になってしまう可能性もあるんです。
一方で、日本の予防医療は、ある意味「コンビニ状態」になっている部分があります。さらにはセット販売で売られていたりします。でも患者さんは「自分で選んだから大丈夫だ」と思い込んでしまうことが多いんです。そういった状況に対して、「こういう方がいいですよ」と科学的根拠に基づいて示すことができれば、患者さんにとっては、もっとより良い選択がしやすくなるのではないかと思います。

(宮崎)コンビニの例で言えば、店頭に並んでいるものには値段がついていて、お店を信用してみなさん買いますよね。例えば、食べ物だと思って購入するけれど、実はそれが毒だったり食べ物ではないものだった、なんて考えませんよね。でも予防医療の世界では、実はメリットとデメリットのバランスが分かっていないものが普通に売られていたりするんです。それをみなさんが、「少なくともメリットの方が大きいだろう」と信じて選んでしまう、そこに問題があるんですよね。
例えば、救急車で運ばれてきた患者さんに「助けてくれ」と言われれば、当然我々は医療を提供しますよね。中には「このまま何もしなければ本当に死んでしまう」という状況の人もいますし、場合によっては治療を行っても、結果的に亡くなってしまう可能性がある病気もあります。そういった場合、治療を提供することが「いい」とは言えないけれど、どうしても「一か八かやってくれ」という状況になることもあるんです。よくドラマで「一か八か」ってありますよね。でも、予防医療はそういう一か八かのものではないんです。患者さんは普段は健康で、普通に生活しているわけで、特に困っていないんですよね。そういう人たちに対して、成功するかどうかわからないものを提供するのは、そもそも違うんじゃないかと感じます。
この部分が、医療や医師の世界の中でも十分に認識されていないことが多いんです。予防医療って、患者さんは困っていない状態で受けることが多いので、ある意味では押し売りに近い部分もあります。行政が押し売りをしたり、医療側が押し売りをしたりするんですが、それが必ずしも値段に見合ったものかというと、例えるなら「食べ物ですよ」と言って売られたものが本当に食べ物かどうか疑わしい場合があるんです。そこに問題を感じています。
ーー一般市民としては、「良いから売られているんだろう」という認識がありますし、医師免許を持ったお医者さんや国が認めているものなので、「そんなに悪いものがあるはずがない」というのが基本的な考えだと思います。その点は確かに驚きでした。

(向原)もちろん、国が進めている特定健診やがん検診は、法的な根拠や一定の科学的根拠に基づいて行われていることは、我々も当然認識しています。ただ、それ以外の部分で、エビデンスの観点から十分に有効性が検証されていない項目が少なくないのではないか、という話ですね。
そういった部分に焦点を当てたいという思いが一つあります。逆に、本来であればメリットがデメリットを上回る項目があるにも関わらず、実施されていないものも存在します。そういった利益と不利益のバランスが予防医療において重要です。現在は、予防医療が社会規範のようになっていて、「みんなで受けましょう」といった空気があり、そこに「まさか不利益があるかもしれない」ということは、患者さんだけでなく、医療者側もあまり意識していない部分があるのかもしれません。
私たちもこれまでの活動の中で、不利益がある可能性に少し焦点を当てることが多かったのは事実です。物事には当然、良い面と悪い面があり、すべてが良いことばかりではないというのは理解していただけると思います。私たちの活動に少しバイアスがかかっているかもしれませんが、どちらかというと、不利益の部分に焦点を当ててきました。ただし、過剰に不安を煽るつもりは全くありません。基本的には、今のシステムは先人の皆様の尽力によって非常によく設計されています。しかし、エビデンスの観点から改善できるところがあるのではないか、というのが今回のプロジェクトの趣旨だと考えています。

ーー改めて今回のプロジェクトの概要について教えていただけますか。
(向原)私たちのプロジェクトでは、日本の自治体で実施されている検診項目について、エビデンスの観点からその有効性を検証し、具体的な推奨を作成することを目的としています。作成された推奨は、自治体での検診項目の見直しや新規項目の導入の検討に活用していただければと考えています。また、受診間隔や対象年齢といったものの検討にも役立つものになるかと思っています。
(森)今回のプロジェクトでは、住民や行政の皆さんに根拠に基づく予防医療の指針を提示することを一つの目標としていますが、行政の方と連携し健診/検診システムの改善を進めていくことももう一つの大きな目標です。これまで既存の制度や運用の中で、優先度が低い、やらなくていいことをやったり、逆に必要な健診/検診がやりづらい、選択できないこともあったでしょう。行政の方と連携し、協議しながらシステム自体を改善することができれば、住民の皆さんにとって大きなメリットが出てくるのではないかと期待しています。
ーー今回の研究でまず取り組む検診について教えてください。
(向原)今回、自治体の皆様と連携して取り組んでいきたいという強い思いがある中で、比較的自治体の裁量が大きい項目を一つの選択基準としました。事前の調査インタビューの結果、各自治体で実施されている検診項目の中から、特に重点的に取り組むべきだと考えた「骨粗鬆症」と「無症候性の頚動脈狭窄症」の2項目を選定しました。

例えば、骨粗鬆症の検診は久留米市でも実施されていますが、これは健康増進法に基づいて規定されています。この法律は2000年代前半から施行されており、検診対象者は40歳から70歳までの女性で、5年ごとに受診することが記載されています。法的な根拠があるため、全ての自治体で実施されているかと思われがちですが、実際にはそうでもありません。骨粗鬆症の検診は自治体の裁量が大きく、実施の有無や対象者の選定も自治体ごとに異なります。そういった意味で改善の余地があり、エビデンスが揃えば、社会実装につなげやすいのではないかという観点から、骨粗鬆症検診を選びました。
また、「無症候性の頚動脈狭窄症」についてですが、超音波による検診が一時期かなり流行し、十数年前に多く実施された時期があったと記憶しています。目的としては、脳梗塞のリスクを早期に特定し、予防することだと思いますが、無症状の人に対して実施することについては様々な議論がありました。また、この検診には法的根拠がなく、人間ドックや脳ドックのオプションとして行われることが多いのですが、一部の自治体では公費が使われていることがわかりました。それが本当に妥当なのか、という疑問もあります。
さらに、私たちが参考にしているUSPSTF(米国予防医療専門委員会)では、現状ではこの検診は推奨されていません。それを考えると、公費を投入する必要がないのではという仮説を持っています。そのため、この検診を選定することにしました。
(宮崎)これまで学会などで「これが駄目だ」「あれが駄目だ」と言ってきましたが、あまり広がりを見せなかった部分の反省もあります。どこに手をつければ全体がうまく回るかを考え、今回はあえて小さなトピックを選んでいます。逆に言うと、もっとインパクトのあるトピックもありますが、それらは影響が大きすぎるため、最初に取り組むにはハードルが高いと感じています。現場の立場としては、「これは意味がないからやめてくれ」と言いたいし、これまでそう主張してきたのですが、実際にはそう簡単ではないんですよね。いろんな人の思いが絡んでいて、法律も関係している。上から指示が降りてくるわけですから、地方の行政の方々も「国から指示されているからやらなければならない」と言わざるを得ません。現場から「なぜこんなことをやっているんだ」と言われても、「これはルールだから」としか言いようがない、という状況です。
ーーDST自治体協議会には、エビデンスに基づいた実装をしっかりと進めたいという首長が多いので、そういった方々の力になれればと思っています。現場を持つ自治体が少しずつ意識を持って動き出すことが、いずれ大きなムーブメントとなり、国を動かす可能性はあるのでしょうか?
(向原)そうですね。今回の研究から、さらに大きなうねりが生まれ、将来的に法律にまで影響を与えるような話になれば嬉しいです。少し話がずれるかもしれませんが、米国にUSPSTFというモデルがあります。独立した第三者機関としてエビデンスに基づいた推奨を作成し、公開しています。日本では、そうした独立した評価機関が予防医療に関してはあまり存在しないのが現状です。もちろん、学会が策定するガイドラインはありますが、完全な独立性が担保されていないため、これまであまりうまく機能してこなかったというのが私の私見です。多くの人たちが、日本版USPSTFのような独立機関が必要だと考えてきましたが、国レベルでの研究費や成果が十分に社会実装に結びつかなかったのは、独立性の欠如が大きな要因だったのではないかと考えています。
ーーUSPSTFは独立した組織だと思いますが、そこで出されたエビデンスはアメリカの医療や予防医療に反映されているのでしょうか?
(向原)独立性があるからといって、それだけで広まるわけではないようです。オバマ政権のときに、有効性がある程度確立されたものが政策に取り入れられ、一気に広がったという事例があります。しかし、日本で同じことが起きるかというと、それはかなり難しいかもしれません。国がトップダウンで動かして、それに現場が従うという流れが理想ですが、現実的には、ちゃんとしたエビデンスがないと現場も動かないでしょうし、長期的な視点で社会を動かすのは非常に大変なことです。ただ、DSTの取り組みや自治体協議会があることで、ローカルレベルでできることで少し光が見えたような気がしています。アメリカの真似をすればいいというわけではなく、日本に合ったやり方で進める必要があると感じています。
ーー改めて今回の研究を通じて、どのような社会になってほしいか、教えていただけますでしょうか?
(向原)私の立場からすると一つの側面としては、やはり現場の臨床医の負担が減るといいなと思っています。正直「これ、やらなくてもいいよね」と思うことを、貴重な時間を割いてやっているのが現状だと思います。そういった無駄な作業が減ることで、医療現場が少しでも改善されればいいなとも思うところです。
(宮崎)最近「サステナブル」という言葉が流行っていますが、この言葉が流行る前からずっと思っていて、日本がかつてお金持ちで勢いがあった時代から、今では国も自治体もスリム化し、医療においても、無駄なことを見直す必要があると思っています。「これ本当にいるのか?」とか、「もっとここにエネルギーを注ぎたいよね」とか続けていくためには、いい方向に軌道修正していく必要があると思っています。根拠のあることを基にして無駄を省いて、必要なところに資源を投入していかなければ続かないと思っているため、そのような取り組みの一助になればと思っています。

(森)適切な予防医療を行うことで医療費全体が削減されるというのは、実は根拠が明確でない部分もあります。重要なのは、健康寿命を延ばすなどの重要なアウトカムを達成するために必要なところに適切に投資し、医療費の最適化を図ることです。今回のプロジェクトは、健診/検診項目の科学的精査を通じて予防医療の適正化を目指すものです。住民の方や自治体の方々にとっても、大きなメリットがあり、ハッピーになれるプロジェクトだと思っています。
ーーそれでは最後に、先生方にとって「エビデンス」とは何でしょうか。

(向原)私にとっては、何か心の拠り所のような存在です。判断に迷ったときにエビデンスを知ることで、気持ちが落ち着くという感覚があるからです。エビデンスを知ることで、現状がはっきりしていて、どこまでがわかっていて、どこからがまだ不明かということが認識できると、何となく納得できるんです。ある意味で「心の不安」を少し取り除いてくれるものとしてエビデンスを見ているのかもしれません。知ることで落ち着く、そういう存在だと思っています。
(宮崎)エビデンスは正しく解釈し、正しく使わないといけません。しかし、なかなかそれが難しいんですよね。いろんな人が自分に都合の良いように「エビデンスがどうのこうの」と言いますが、必ずしも正しい解釈をしていなかったり、意図的にねじ曲げている人もいます。だからこそ、常にエビデンスを正しく使いたいと日頃から思っています。予防医療のようにすぐに結果が出ない分野では、「これで本当に良いのかな」と悩むことも多いです。そんな時、いろんな知見をまとめることで、正しい方向に向かっていると確認できることが、私にとっては安心するというか、羅針盤のようなものですかね。何も持たずに海に出て、少なくとも方角がわかっているというイメージでしょうか。
(森)まさに羅針盤のようなものだと思います。エビデンスは一つの判断材料であり、一方で不確実なものも重要だと思っています。エビデンスは確かに医療の領域ではよく使われますが、それだけで最終的な判断が決まるわけではないと思います。エビデンスをもとに、自治体や患者さん自身がどう考えるかが重要です。最終的には個々の判断になると思いますが、エビデンスはそこをいかに上手に提供するかという一つの判断材料だと思っています。もう一つ、エビデンスは思ったほど強固なものではなく、科学的な根拠といわれるものにも限界があるということです。例えば、10年前のエビデンスが今の医療では変わっていることも多いです。そのため、中立な立場で、常にこだわることなくやるということも同じくらい重要だと思っています。
ーー先生方、本日は貴重なお時間を有難うございます。研究結果を楽しみにしています!