学術界の専門性や知見を最大限活用し、信頼性の高いエビデンスの創出や活用を支援することでEBPMを進展させることをミッションに取り組む、一般社団法人エビデンス共創機構の代表理事である伊芸研吾氏。
伊芸氏も研究チームとして関わるのが、DSTの2024年新研究として採択された「エビデンスを社会実装するためのプリファレンス調査」です。
自治体でなぜEBPMが広がっていかないのか、そのボトルネックはどこにあるのかを科学的に解明しようと試みる今回の研究、ぜひご注目ください。
ーー今回始まる研究「エビデンスを社会実装するためのプリファレンス調査」について、改めて教えてください。
EBPMやエビデンスに基づく政策形成の必要性が叫ばれ、国や自治体でも取り組みの事例を出して制度化し、確固たるものにしていこうという流れがあると思います。一方で、これまでと違うような形で政策を作っていく形になるので、現場の方からの戸惑いの声は当然あるわけです。どういう意義があるのか腹落ちしないまま、やらされ感があるというか。今回の研究はそういった現状を踏まえながら、どんな状況であればエビデンスが政策形成に繋がるのかという、そこの条件というか状況的なところを調査を通じて明らかにしたいと考えています。
ーーどうして今回の研究を実施したいと思ったのでしょうか?
先ほどお伝えしたEBPMの現状を踏まえて、より良い形でEBPMの取り組みが普及していくことに貢献したいという実務的な理由に加えて、学術的な研究の流れというのもあります。データやエビデンスは大量にあるものの、政策改善に生かされてないというのが世界で共通している課題です。そこで経済学の分野では、エビデンスを使う側に調査や実験的な介入、研修を行い、こういう情報や研修であればエビデンスを使ってくれるかもしれないという示唆を導き出すというのが、一つ大きな研究の流れとしてあります。本当にごく最近の話なんですけどね。
ーー今、自治体のEBPMはどのくらい進んでいるのでしょうか?
まだかなり局所的で、属人的なところもあるのではないかと思います。一定のルールがあって広がっているというよりは、指示を出す首長とやる気のある職員がマッチし、その方たちを中心に進んでいるというような印象です。ただ、そういった印象はある一方で、実際どれぐらい広まっているのか、自治体の方がどのようにエビデンスやEBPMを捉えられているのかについての情報が非常に限られているんですよね。今回の調査では、そのような部分をエビデンスとして出して、自治体の方が今後どうすればいいかの検討材料になればと思っています。
ーーさて、そもそものところを深掘りしたいのですが…伊芸先生は、どうして研究者になって社会課題を解決したいと思ったのでしょうか?
元々は理系だったんです。理系科目が得意だったので、その大学に入って、エンジニアリングとかソフトウェアについて学んでいました。そこで勉強する中で、自分の学びがどう社会に繋がっているのか見えない、という迷いを感じたんです。その頃に一般教養科目で経済学の授業を受けたことをきっかけに、経済学における社会の捉え方に興味を持ち始めました。次に計量経済学という、経済理論をどう実際のデータで実証するのかという学問があると知り、段々とデータ分析にのめり込んでいきました。その後に開発経済学を学んだのですが、発展途上国の抱えているシビアな問題を目の当たりにし、データ分析の力でその現実を変えることに貢献できたらいいなと思うようになりました。
ーー自分の力を生かした分野を探し、辿り着いたのが研究だったということでしょうか。
そうですね…必ずしも研究だけではないかなとは思っています。研究の世界では、僕はかなりイレギュラーというかアウトサイダーだと思うんです。論文も書きながらコンサル的なこともしていますからね。でも、やっていることは結構似ていると思っています。研究でデータを分析して論文を書くことも、コンサルでデータを分析しレポーティングしプレゼンすることも、根本は一緒かなと。
ーーどうしてそのような手法を取ろうと思ったんでしょうか?
大学院では、現場に行って現実を見て、論文の種を探して研究する、そして政策提言を行うというアプローチを学びました。そこから、現場で問題意識を持って、データ分析をして論文やレポートにして、現実の課題解決に貢献するという方法が自分には合っていると感じるようになりましたね。
ーーそういった経緯がエビデンス共創機構の立ち上げにも繋がっているんですね。
それは間違いなくありますね。研究とは別に、現実に活かすデータ分析をやってみたいと思い当機構を立ち上げました。
ーーエビデンス共創機構について、改めて詳しく教えていただいてもよいでしょうか?
自治体の方や官僚の方、NPOの方、企業の方などの、直面している問題に対するエビデンスが欲しい、データに基づいた分析をしてほしいというニーズに応えるとともに、そこで学術的な知見を存分に活用し、しっかりエビデンスを作っていくということをスローガン、モチベーションにやっている組織です。
ーー伊芸先生のお力が生きる取り組みですね!さて話を戻しますが、EBPMを進めていきたいと思っていても、どのレベルのエビデンスを使うべきかわからない、という自治体も少なくないように思ってしまうのですが…
そうですね。それは良い意味で言えば、どんなことからでも始められるということだと思っています。まずは手元にあるデータを分析してみる。そして、それをオープンにしたり、外部の専門家に見ていただいたりして、今のエビデンスレベルを上げるためにはどうすればいいか、その時々でピンポイントのアドバイスを受けることが必要です。なので、まずはレベルにとらわれず、できる範囲でエビデンスを作って、効果検証をやってみてほしいです。そして、ただやっておしまいではなく、それを振り返っていろんな人の意見をもらう、そして次に活かすという、EBPMのPDCAを回していけたらいいですね。
ーー実際にEBPMを始めようとしたときに、今あるデータを活用することはできるんでしょうか。
できると思います。自治体にコンサルタントとして入る場合、もちろんその自治体が持っているデータを使って分析もしますが、データが無い場合もe-Statなど国がまとめている公的統計やオープンデータなどから分析をすることもあります。
今あるデータや調べ得るデータを活用する場合、やっぱりコンサルタントの方とか、データ分析が得意な方に相談することをおすすめします。なるべくいろんな方に相談してもらった方が、データ活用の幅も広がりますからね。
ーーいざ「エビデンスの効果検証」に取り組もう、と思っても、実際にどの部署が何をやればよいのか曖昧な場合、何から始めたらよいのでしょうか?
最初は真似をするのが良いんじゃないでしょうか。ベストプラクティス、グッドプラクティスからできそうなことを考える、というのは自治体の方も性に合っているんじゃないかなと思います。一つの自治体の中で出来ることは限られていると思うので、DSTのように自治体連携をして情報を共有し、調べればすぐに事例が出てくるような状況になるともっとやりやすくなっていくかなと思います。
ーーそういう意味でも、エビデンスアワード(*)を推していきたいですね。いろんな事例を見てもらって、取り組みやすいものを見つけてほしいです。まだ知られてない、活用されていないエビデンスがたくさんあると思うので、そこを掘り起こしたいなと思います。
エビデンスによってはオープンにし辛いところもあったりしますよね。どうしても、良く出来たものしか表に出したがらないというか…それは研究者も同じだと思うんですが。本当は、そういった試行錯誤的な部分も表に出てくるといいですね。
ーー確かに、うまくいかなかった事例も見えるようになるといいですね。
そう思います。エビデンス共創機構でも、そういったイベントやセミナーが開催できればいいなと思うんですが、なかなか実現できていません。データやエビデンスをどういうふうに作っていったかを、もっと広く共有できる場があるといいんじゃないかなと思いますね。
ーーその役割をDSTとしても担っていきたいです!伊芸先生がデータを分析してみたいと思う注目分野はありますか。
特定の分野というのは無いのですが、問題を抱えそうになる前に、そのことが分かるデータがあるといいなと思います。例えば教育の分野でいうと、勉強についていけなくなる前に、その兆候がわかるような情報があるといいですよね。そのためにはデータを取る頻度を上げる必要があるのかなと思います。最近はGIGAスクール構想で1人1台端末を持っているので、その情報を活用することなんかが考えられます。大人に関しても、例えばメンタルヘルスや働き方改革の話題が広がっている中で、社員がどういう健康状態にあるのかを管理者が取得しつつ、深刻な問題になる前に気付けるような、データを通じたセーフティネットみたいなところを作れるといいなと思います。もちろん個人情報やデータを取りすぎることなどリスクはあるわけですが、問題が起きた後よりは、未然に防いだ方がコストが低いわけですから、利便性とリスクのバランスを考える必要があります。その他に、事前にデータをとっておけば、後から政策の効果検証ができたりもするので、特定のデータというよりは、データ全体の整備ができると良いのかなと思います。
ーー伊芸先生にとって、分析をする楽しみは何でしょうか。
一番初めにデータ分析を楽しいと思った瞬間は覚えています。JICA研究所で研究をしていたとき、中東の国のデータを分析する機会がありました。そこで、とある30代の女性の世帯データを見たんです。その方は離婚経験があって、家にはその方の両親や子ども、兄弟もいました。その時、データ上ではあるんですが、その方の苦しそうな生活が如実に浮かび上がったんです。データを通して社会の一部が見えたような気がしました。趣味は悪いかもしれませんが、普段生活していては決して出会うことのない他の人の境遇や行動を知ることができるというのがデータ分析の面白みであり、同時に分析者に課せられた重責につながると思いました。
ーーデータというのは、苦しくても声を上げられない方の現状を可視化してくれる、そういった方を救ってくれる希望になり得ると感じています。
おっしゃる通りだと思います。何となく皆が思っている、聞けば当たり前だと思うようなことをデータ上で示せるということは、状況の集約だと思うんです。それを可視化して共有することで、社会に訴えることに繋がるかもしれません。そういう意味でも、今後もデータ分析に携わっていけたらいいなと思います。いろんなデータを取ったり分析をしたり、レポートや論文を書いたりすることで、その結果を政策に生かしてもらったり、意思決定に役立てる存在になればいいなというふうに思います。実感を得るのはなかなか難しいですが、いろんな情報をどんどん共有し続け、賛同してくれる人の励みになっていけばいいかなと感じています。
ーー様々なデータを生かして社会を良くしていくために、これからの日本はどう変わる必要があるでしょうか?
なかなか難しいですが…建設的でオープンな議論であったり、率直な意見を言い合える雰囲気が必要だと思います。誰かを言い負かすための議論じゃなくて、全体が良くなるように話し合っていく雰囲気作りが第一かなと。俯瞰的に、総合的にどうすれば社会が良くなるかを皆で考えていきたいですね。そこにエビデンスや情報を活用してほしいなと思います。
ーー今AIやDX化が進んでいる一方で、情報をどのように取捨選択していくのか、ますます人間に求められるレベルが高くなっているなと感じます。
おっしゃる通りですね。情報を作るのは自動化などで楽になっていきますが、情報の見極めはやはり人間がしないといけないと思うので、そこは重要な役割なのかなと思います。
ーー最後に、伊芸先生にとってエビデンスとは何か教えてください。
一言で言うと、「情報」だと思います。「こうしたらこうなる」、「今こうなっていますよ」っていう単なる情報ですね。過信や盲信せず、過小評価もするべきではない、そういった対象だと思います。肝心なのはその情報をどう生かすかです。情報にもいろんな種類や質があります。それを取捨選択していかなければならない一方、その扱いには専門的な知識が必要だったりします。そういった意味では、慎重に扱わなければならない「情報」だと思っています。
ーーエビデンスというものを冷静に、現実的に捉えていらっしゃるんですね。
DSTでも研究のエビデンスが出たところですが、そこから何が伝えられるのか、難しさがあるなと感じているところです。
そこは難しい反面、やりがいがある部分でもあると思います。情報を伝えるのは非常に大変なんですが、新しく情報を作り出すって面白いと思うんですよね。何となく皆が思っていたことをエビデンスという形にして出すっていうのは、やっぱりやりがいがあります。もちろん、エビデンスとして出すことの責任もあるので、過大にも過少にも評価せず、適切な形で出すことが望ましいと思います。今回行う研究では、いろんな情報がある中で、エビデンスっていう一種の情報がどのように扱われているんだろうっていうのをまずは可視化していく、という状況なのかなと。先ほどのお話にも繋がるところなのかなと思います。
ーー勉強になります。本日は貴重なお話をありがとうございました!