新年度がスタート。新入社員の皆さんはどんな気持ちで新しい生活を迎えているのでしょうか。組織の人事担当者は満足のいく配属はできましたか。
今回はマッチング理論の応用で新入社員と組織の両方が満足いく仕組みを目指す、東京大学経済学部の教授で、東京大学マーケットデザインセンター所長の小島武仁先生にお話を伺いました。
ーー小島先生は経済学の中でも主にどんなことを研究されているのでしょうか。
大きなくくりでいいますと、私はミクロ経済学のゲーム理論系のディスプリン(学問)をやっています。ゲーム理論というのは、色んな人のインタラクションをゲームだと思って、ゲームのプレイヤーとして参加している人たちが一生懸命そのゲームに勝とうと思ってプレーをすると何が起きるか、ということを予測していくような分野です。私は中でも、マッチングという状況についてのゲームを研究してます。マッチングというと例えばマッチングアプリとか色々イメージがあると思うんですが、世の中のありとあらゆるものにはマッチングという側面があります。私たち研究者の立場としてはマッチングの精度を高めるためにどうやってうまく仕組みを作ることができるか、みんながあんまり苦労しないでいいマッチにたどり着くことができるにはどうしたらよいかの制度設計に特に興味を持って研究しています。
ーーマッチング理論やアルゴリズムについて、なかなか理解が難しい分野だなと思っていたんですが、人の活動をゲームに見立てるというのはすごく面白いなと思いました。
ありがとうございます!難しいところとしては、マッチというときにいわゆる組み合わせをうまく見つけてあげるという側面で計算機やコンピュータっぽい、工学のような面をイメージされるかもしれませんが、今まさにキーワードとして出していただいたゲーム理論というのは、人間のマッチの面白いところになります。例えば婚活のマッチングなんかだと、あなたはこの人とこういうふうにマッチするといいですよとリコメンドを出しても、全然自分にとって望ましくないと思ったら誰も従ってくれません。自分のリコメンドが相手に出されてその人がコンタクトしてくれても、相手の方が自分のことを好きじゃなかったらマッチが成立しません。そういう意味でいうと、人間っていうものは物を配置するのに比べると、ある意味でその人の心をちゃんと汲み取ってリコメンドやマッチを出してあげないと成立しないっていうのが、面白いし、難しい。その問題特有の興味深い点がありますね。そういうところに注目して、我々のような経済学者や社会科学をやっている人は取り組んでいます。
ーー人の心は、数式で解き明かせるものなのですか?
それは非常に重要な質問だと思うんです。我々の作業仮説のようなものとしては、何かしら数式のようなものを使って、十分人々の行動をモデル化できるということを念頭に置いています。経済学者や経済学の研究について誤解があるところとして、人々はそんなに冷血に自分の得になるように金銭的メリットばかり考えて行動していないから、経済学の予測は外れるんじゃないかと仰る方がいます。しかし実はそうではなく、我々は例えば人々の心や好みを数値化したりはするんですが、お金を指標とする必要は全然ありません。例えば、保育園と子どものマッチについて、保護者がお子さんをどういう保育園に行かせたいか考えた時、住まいと距離が近いことや園庭がちゃんとあること、荒れた噂がないこととか、そういうありとあらゆることを当然考えている訳です。それは人間の気持ちなんですが、そういうことを漠然と言葉で言ってるだけだと分析ができません。それをある意味で数値のようなものに乗せて点数だと思うことで、その点数が高いところが好きということだよねという風に、あえて逆に我々が分析するときのバックグラウンドとして、数字などを使って分析するということをやっています。
これも一般の方の印象とちょっと違うかもしれないんですが、経済学者って実は経済的なものではないことに非常に興味を持っています。例えば、私の身近な研究者は寄付行動を分析しています。臓器を移植するネットワークの構築をしている同僚に聞くと、どういう風な仕組みを作ってあげると利他的な動機から臓器を提供してくれるようになるのかを研究している。普通に聞くと金銭的なものとはかなり違うところにあるようなことを、非常に興味を持って分析していたりしますね。私もそういうものに興味があります。
ーーそもそも小島先生がゲーム理論からマッチングのアルゴリズムに興味を持ったキッカケはどういうところからなのでしょうか。
生きていく上でマッチングって難しいなと思う経験が色々あったんです。東京大学に入学したとき、最初は理系の研究をしたいと思ったんですが、やってみてあんまり向いていないし面白くないなと思って五月病になってしまいました。東大には学生が専攻を変える仕組みがあるのですが、どういうところとマッチングすれば良いかすごく悩んだんですよね。その後も例えば誰かと付き合う時とかも悩みましたし、留学をした先で先生を探す時もなかなか難しかったです。色んなところで人や自分の希望とうまくマッチするのは大変だという経験をしてきたのが一つありますね。
ーー少し安心したのは小島先生でも迷うことがあるんだなということです!(笑)
いつも迷って、自分探しに外国に行って、どうしようと思っていましたよ(笑)。
そのことをぼんやりと考えてハーバード大学経済学部の博士課程に行っていたとき、マッチング理論を机上の空論ではなくて、実際に使っていこうという動きが盛り上がってきていました。しかも社会的意義があると思われる成功例もババっと出てきたんです。それを見て、数字を使った紙と鉛筆みたいな世界やデータの世界というものが、実際に世の中の仕組みを良くする上で本当に使えるんだということを感じて、この分野を選びました。本当にすごいなと思ったのは、なかなか希望の学校に子どもを入れられない保護者が多く困っていていたニューヨークやボストンで、学校の入試のシステムがマッチングアルゴリズムを使って改革されたんですが、例えばニューヨークの高校のどこにもマッチできない人が改革前には毎年3万人ぐらいいたそうなのですが、アルゴリズムを入れるとすぐに10分の1ぐらいまで減ったりと、非常に大きな成功が出てきました。また臓器移植について、臓器を提供したい人とされたい人が、血液型などで不適合になってしまうという事例が多数ありました。これを例えばA型のドナーとB型の患者のペアでは移植ができないけれども、別のところにいるB型のドナーの臓器をB型の患者さんに移植させてあげて、さらに別のところにいるA型の患者さんとA型のドナーをマッチさせてあげれば移植ができる。マッチを組み替えると、もっと多くの人が臓器移植を受けられるということが発見されました。アメリカではアルゴリズムを使ってドナーと患者のマッチを改善する仕組みができています。まさにそれを作っていたのが、私が留学していた先の先生たちだったんです。そういうことがあったので、実はマッチングは非常に重要であり、そのアルゴリズムを使って本当に人の命を助けられるんだと実感し、世の中をよくできることを確信したのが一番の理由ですね。
ーーさて、小島先生がDSTで研究をして下さっているのが、このマッチング理論を応用して、新入社員と受け入れる組織の部署の最適解を見つけ、働く人も組織もハッピーになるというものですが、参加する組織にとってどんな意味があるのでしょうか。
私たちが取り組んでいる研究を少しだけお話させていただきます。DSTにおいて我々が担当させていただいてるのは、企業内の人事にマッチング理論から示唆される良い仕組みを導入して、色んな意味でパフォーマンスが良くなるのか、ということに関するエビデンスを取っています。昨今、特に若年層の離職率が高止まりしています。ネガティブな離職理由としてよく言われるのは、マッチが上手くいかず、自分がやりたかった仕事をさせてもらえないということです。ただ、それを防ごうと新入社員の希望する仕事になるべく配属してあげたいけれど、もちろん企業の組織の事情が当然ある訳なので無制限にできるわけではないといった事情を上手く調整するのは非常に難しい。そんな時、マッチング理論でよく知られているようなアルゴリズムを使うことで助けてあげることができます。今回はその効果検証をしています。こういったEBPM的な取組みに参加すること自体が、恐らく今後、色んな意味で組織の戦略を作る上や、日々の業務でも大事になってくると思います。私の研究に特化したところで言えば、それこそ人事の制度を改善できるヒントになるかもしれないですし、導入していただいて良ければそのまま使っていただければいい。企業組織のパフォーマンス向上に役に立つ可能性があるという風に考えています。
ーーこの研究に参加する組織はどんなフィードバックがあるんでしょうか。
一つは、配属の前後でアンケートをさせて頂く中で、従業員の満足度チェックを定期的に行って、その内容をフィードバックしていきます。プラスして、どのぐらい離職するか、というわかりやすいエビデンスも取っていきます。今回の我々のプロジェクトで非常に特別だと思ってるのは、多くの企業や自治体などの組織にご参加していただく中で、共通のアンケートを取ることを徹底している点です。そうすることで、施策の効果について他社との比較ができます。特定の企業の不満度や満足度を他社と比べることができ、さらに自社の施策がちゃんと効いてるのかということについてもフィードバックができます。日本ではまだまだ使われていないマッチングアルゴリズム導入での人事配属ということがそもそも一つメリットになりますが、もう一つのメリットは同時に参加する他社との比較をフィードバックできることです。もちろんその会社の出してはいけない情報はカットした上で、とはなりますが、シェアしてもいいと同意をしていただいた参加組織(他社は匿名化する)においてはフィードバックしていきたいと思っています。今ご参加頂いている組織はちょうど1年目が大体完結するところで、そういったフィードバックを返し始めている段階です。
ーーこの研究はまさに今、来年度の配属のためアルゴリズムを入れ始めたという段階ですね。
おっしゃる通りです。3月、4月からいよいよ第1弾でマッチングアルゴリズムを導入するタイミングとなります。データがだんだんと出てくるようになりますので、ここからが面白くなってくるタイミングかなと思っています。
過去にシスメックス社やブリヂストン社で導入をお手伝いをさせて頂きましたが、そちらについては全く問題なく配属が決まっていることがわかっています。人事の工数が減ったり、透明性の担保、充実したキャリア形成など、かなり満足度が高いと、ご好評をいただいております。
ーー就職市況も、売り手市場だったり買い手市場だったり、就職氷河期があったりといろんな時代を経ていると思うんですが、ここ数年でも大きく変わっていることを私どもも実感しています。小島先生はどのように今の市況をみていますか。
つい最近拝見したデータですと、新卒者の転職エージェントへの登録数がここ数年で一気に増えていました。そこから示唆されるのは、ずっと同じ会社にいようと思っている人がかなり減っているということですね。これは肌感覚とも一致してると思いますが、やっぱり企業としても、人材を引き留めることを意識しないで経営をしていくのは少し無理がきている感じがします。そういう意味では、私のプロジェクトにあるように、企業内においていかにエンゲージメントを高めていくかが重要ですし、そのために社員の方の興味がある分野や、その人が力を発揮できるような仕事との望ましいマッチを見つけていくことの重要性は今後も高まっていくと考えています。
20年ぐらい前に僕が大学生だった頃は、外資系企業がちょっと出てきたというときでしたね。私は東大の経済学部だったのですが、当時は官僚が東大法学部一辺倒だったところが、だんだん他の大学からも来るようになったといった時代でした。まだ官僚は人気がありましたけどもちょっと他の企業の名前も上がってきた、みたいな印象を持っていました。今はもう本当に変わっていて、まさにスタートアップなんかもかなりいらっしゃいますね。選択肢が増えるということは、学生を採用する方からすると大変ですが、だからこそ、採用の工夫のしがいも増えているという印象を受けています。
ーースタートアップがどんどん生まれる一方で、M&Aを進めて一つの会社を大きくしようという流れもありますよね。そうなったときは、やはり大規模な採用や配置換え等が発生する中で、こういったマッチングの取組みにはかなり意義がありますよね。
そうですね。今回のプロジェクトだけだと新卒に限っているんですが、実はこのマッチングをアルゴリズムで支援するというアイディア自体は、いろんなところで使えると思っています。特に今、高嶋さんがおっしゃったように例えば企業が合併したり、新しい部署を作ったり、逆に潰したりというときに何が起きるかというと、今いる従業員をたくさん異動させなきゃいけないということが起きます。そういうときに人手でやるとなると工数がかかりすぎて大変ですし、みんなの希望や適正を一生懸命考えて移動先を決めるなんていうことはほぼ不可能です。以前支援をした会社でもやはりそういうことが起きました。いわゆるジョブ型への移行というものが全社的に行われたときに人をどこに移動させるかを決める作業があり、そこには機械的にできるものもあるけれど、この人はどこに行くべきかが決まっていないという状況もありました。そういうときの作業を手伝ったこともあります。このような組織の改編や人事制度の変更はしばしば起きると思いますが、そういうときにはコンピュータを使ってマッチングを支援することの利益が大きいと思います。そのときに重要なのは、扱っているのがものではなくて人間ということです。うまく設計してアシストをしてあげないと参加する人たちがうまくエンゲージしないということになってしまいますので、ここは非常に重要な知見になるのではないかと思っています。
ーーだからこそ今回使うDAアルゴリズムの応用がすごく重要なことになってくるわけですね。
おっしゃる通りです。今回私のやっている研究では新卒配属の文脈で使わせていただいていますが、このアルゴリズム自体はいろんなところで使われています。大企業の新卒は数十人が典型的だと思いますが、数千人というレベルでも使われていますし、数万人というレベルでも問題なく動くことが分かっています。効果もさらに厳密な形で検証していければと思っていますね。
ーー小島先生は、今回の研究を通じて、どんな世の中を目指したいですか?
既に言ったことと被る部分があるかもしれないんですが、抽象的、一般論的なことで言えば、やっぱり人生は選択の連続であり、選択を間違ってしまうこともある中で、その一部は自分のせいだと思ってもいいけれど、そうは言っても助けてあげた方がいいよねという思いがその根底にあります。人生にはいろんなマッチングの問題がある訳ですが、人生の大きなマッチングの問題というのは、1回とか2回しかなかったりするわけです。入学とか就職とかですね。就職はもう最近は何回もあるかもしれませんが、新卒の就職は一生に1回しかありません。一生に1回しかないことでうまくできないことって当然多いです。練習してないから。そういうところで自己責任というのは、ちょっと酷なんじゃないかなと思うんです。仕組みができるところには仕組みを作ってあげるのが重要だと思います。別の観点から言うと、マッチングはある意味で「打ち出の小槌」のような魔法だと思っています。例えば、同じ人と同じ仕事があってもマッチングを良くしてあげれば、何にも予算を増やさなくても労働力を増やさなくても、生産性が上がったりするわけですよね。今は少子高齢化が進んで労働力が足りないという状況です。昔だったらとにかく予算をつけて、人をいっぱい雇えば何とかなるだろうとか、保育園の話であれば今までの政権がずっとやってきたように予算をどんどん使えば保育園に入る人が増えるだろうというのはあるかもしれないですが、そこには限界があります。限られた資源をもっと有効に活用することは、つまりマッチングをちゃんとするということだと思っています。日本の今の状況だと、ここで工夫するのは大変重要だと思っているんですよね。なのでそこを助けていきたいなというふうに思っています。
ーー有難うございます!最後に、小島先生にとってエビデンスとは何でしょうか?
すごく哲学的で難しいなと思うんですが、エビデンスって言ったときに第一義的に大事なのはデータだと思います。しかし、データがいっぱいあれば何かができるだろうと勘違いされることが多いのですが、実はそうではないんですよね。理屈もちゃんと考えた上でやる必要があります。例えばマッチングの良いアルゴリズムというものは、データだけで勝手に見つけたようなものではなく、理屈の上では何をどうすれば良いかを紙と鉛筆で書き出したりするんです。それとデータから出てくることを突き合わせるのが大事だと思っています。もう一つは、ビッグデータを見ていれば何でもわかるだろうと思っていた時代がありますが、実はそうではない。人間が介在するとデータの出方にものすごいクセがあるんですよね。データをうまく整備してあげて、正しいデータを出して、それを正しく解釈することが非常に重要なんです。ですから、ただただデータを使いましょうと言っているだけではなくて、データの集め方に気を付けるデザインをしたり、ちゃんとデータを集める段階から気をつけていくのが重要です。データを作るところにフォーカスして、もう一段高いレベルのエビデンスを出していくことがこれから大事かなと考えているところですね。
私もいろいろな企業様とか自治体様にお声がけをいただいてお話を伺うんですが、やっぱり非常に面白いデータを持ってらっしゃるのですが、そのままでは使えないようなデータの方が非常に多い。この記事を読んでくださっている企業の方でもそういうことは普段の業務の中では考えないと思うのですが、DSTではそういうことに気をつけてデータを集めることもしていますので、ニューウェーブに乗って頂くにはちょうどいいんじゃないかと思いますので、ぜひ参加していただきたいですね!
ーー私たちも頑張って参加企業を集めていきたいと思います!本日はありがとうございました!