第2弾となる今回は、The EVIDENCE 2023のもう1つの研究である「効果の低い医療 (low value care)のリスト作成とその医療費に与える影響(略して、LVC研究)について研究を進めている、東京大学大学院医学系研究科ヘルスサービスリサーチ講座・特任講師の宮脇先生にお話を聞いてきました。
(聞き手:DST事務局 高嶋 和代、撮影:DST事務局 鈴木 祐太郎)
ーーでは、宮脇先生よろしくお願いします!
東京大学公衆衛生大学院のヘルスサービスリサーチ講座というところで公衆衛生、医療サービス、医療制度、医療政策の定量的な研究をしています。宮脇です。
ーーどうしてそのような研究をしようと思ったのでしょうか?
大学生の頃から医療政策に興味を持ち始めました。20〜21歳くらいのときですかね。 高校2年生の段階では、医学部に興味がなかったんです。ロボットや工学を学びたいとか。一方で、何か工学と医療を組み合わせたいなと思っていると、どこかのタイミングで医学部に行けばいいんじゃないかと思い始めました。しかし、実際医学部に入ってから、社会制度を変えたいと思い、だんだんシフトしていきました。特定の臓器、例えば心臓や肝臓への興味というより、自分の興味は政策や制度だと気づき、方向がだんだん強まっていきました。
ーー医学部を卒業したあと、起業して仕組みを作る人もいれば、研究者になる人もいれば、医師として働く方もいますし、進路の幅は様々ですね。
実は皆同じように感じています。公衆衛生ってまさにそういうことなのですが、社会の課題により力をフォーカスしたいという人たちが一定数いるんですよ。目の前の患者さんを助けたいという場合は医師として臨床にフォーカスしますが、その大本にある社会課題の解決にフォーカスをしたいというタイプの人が、私も含めてある一定数いて。それが起業となるのか、研究となるのか、あるいは行政・政治となるのかの違い。政治家はかなりエネルギーがないと出来ない仕事ですよね。先日のサミットの清山さん(宮崎市長)とかすごいなと思いました。
ーー実際に研究職の楽しさって何でしょう。
今回のLVCの話でいうと、厚生労働省のいくつかの議論(例:医療費適正化計画)にはもう入りつつあります。今後数年で興味深い結果が出てくれば、国の制度の中に指標として入ってくると思うので、ワクワクしているところはありますね。
ーーでは、改めて、今回の「low value careのリスト作成」がどういった研究なのか教えていただいても宜しいでしょうか?
この研究は日本の医療の中で価値がない、あるいはLow Valueで価値が低い医療(Low Value Care=LVC)、つまり提供しても患者さんにベネフィットがほとんどない医療がどれくらいあるのかを調べる研究です。色んな週刊誌等でもこういった薬は危ないからいらないという記事を見ます。その中には確かに正しいものもあるのですが、きちんとしたデータに基づいてリスクも包括的に評価しているものはなかったんですね。私達はこれまでパイロット的にそういった事例の研究をしてきたんですが、どうしても巻き込むことのできる医師に限りがあったり、時間的な制約で十分な数のLVCを評価できなかったのではないかという懸念がありました。今回の研究では、今のリソース・技術やエビデンスを踏まえた中で、できるだけたくさんLVCをリストアップしていきます。このリストができると、今度はどういうところがより多くLVCを提供しているかが分かってきます。そうすると、どういうところにアプローチすればLVCを減らすことができるかを考えることができる。LVCを減らすということは、患者さんのアウトカムを全く変えずに、医療費や医療リソースを減らすことができるので、それだけでも意義があります。例えば、費用対効果の議論のときによくあるのですが、効果はあるが価格がとても高い薬の保険制度への導入をどうするかという場合、「効果があるのになんで導入しないのか」となり、「命と金とどっちが大事だ!」という話になるんですが、LVCというのは基本的に効果がない薬や治療だけを対象にしているので、このような倫理的な議論というのが起きにくいです。
ーー 一般的な感覚からすると、効果がない医療があるということを、多くの人は知らないのではないでしょうか。
多分これにはいろんな理由があって。歴史的に例えば、昔は研究が十分になされてなかった等の理由によって、一度医療保険制度の中に収載、保険が効くようになってしまった治療があります。また、その後の研究によって効果がないということが分かってきたものについて、本来であれば保険の適用から外したり、自己負担割合を上げてなるべく使わせないようにする等しなければならないのですが、どうしても色々な事情があってできない。本来使うべきではない治療が色んな理由で、医療機関や医師側が使っている場合があります。例えば風邪に対する抗生物質、これも昔からの習慣で使っていますが、効果がないことは分かっています。例えば手術でいうと、狭心症で胸痛があって心臓の血管が細くなっている患者さんがいた時に、それが安定して状態が変わらなければ(安定狭心症)、本当はPCIという血管を広げる手術はいらないことが多いのですが、様々な医療施設側、患者さん側の要因で手術してしまったりします。むしろそれが患者さんにとって害になることもあるんですが、そういう形で価値のない医療を提供していることがあります。色々な成り立ちがあるんですが、うまく解きほぐしてあげて、具体的にどういうものがあるのかが分かれば、議論の俎上に乗せることができると考えています。
ーーちなみに一般的に使っているものでLVCの事例は他にはどんなものがありますか?
一般的だと、風邪でコデインという「せき止め」があります。せき止めもいくつか種類がありますが、その中で結構強めのせき止めです。市販薬にも実は入ってるんですが、これは少なくとも風邪で咳が出てるときには効果がないということが分かっています。
ーー例えば本当に良い新しい医療を保険適用にしたいのに、今保険適用になっているローバリューな医療が邪魔していることも結構あるのでしょうか。
新たなものが入ってくるときに直接的に邪魔をしていることはないと思いますが、間接的な影響はあると思います。データを見てみると、薬価は最近結構抑えられているんです。薬価の総量は医療費総額の中でひたすら横ばいに抑えられている。例えば医師の人件費というのはインフレに対応して一応上がっているんですが、薬価の額はずっと横ばい。新しい薬が出てくると、薬価が本当は高くなるはずなのに、ずっと横ばいということは、その分削られているわけですよね。もし価値の低い薬を減らすことができれば、その分席が空く。本来もっと高い価格がつけられるべきだった薬が正当な価格をつけてもらえるということはあるんじゃないかと思っています。実際に製薬会社の人と話しても、そう実感します。
ーーこのLVC研究で目指すのは医療費の削減と、正当な価格で薬が評価されるということもありますね。
そうですね。ローバリューなので正当な価格は0円なんですよ。それなのに高い価格がついてしまっているのが問題なので、0円にできるかどうかは分からないですが、もっと価格を下げるか自己負担率を上げて、保険財政から払うお金を減らす。500円だったら、そのうち50円しか払えませんとか。そういうことを、技術的にはできると思っています。最近だとジェネリックがある薬に対して先発品を理由なく使った場合に、その差額分は自己負担にしようという議論が出てきましたよね。ですので今後同じような議論は出てくるんじゃないかなと。
ーーこのLVCの研究が今後の医療政策にどのような影響を与えていくでしょうか?
LVC自体はどの医療現場、どの科でも関係してくるので本当に色々な臨床現場に影響しているものだと思います。一方で、慎重に進めていかなければとも思っています。どうしても抵抗がある現場もあると思います。もう一つは、一部のLVCだけにフォーカスをしてしまいがちになると思うんですが、そうするとそれだけ気にすればいいんじゃないかとなってしまう。例えば風邪に対する抗生物質だけを問題にしていると、他のLVCが置き去りになってしまうということもあるかもしれない。どのような形でLVCのリストを世の中に出していくべきかは今後の課題です。
ーー各方面に影響力が強そうなので、仰る通り慎重に進めなければと感じます。どういった形で社会実装を進めていくかを私たちもすごく考えています。
現場の医師の中には、自分たちは患者さんのためを思ってしているのに、いきなり無駄だと言われると、反発することもあると思います。私も非常勤ですが臨床業務をしていますので、その心理は良くわかりますし、実際にLVCを全く提供していないかと言われるとそのようなことはないです。ですがプロフェッショナルとして、できるだけ減らしていこうよというのを、エビデンスやデータとともに行っていくのが1つ大事かなと。さっきの医療費の話になりますが、そういう医療費を削ることができれば、他のところに本来使うべき医療費を回すことができるので、本当は現場の医師たちにとっても、ベネフィットがあるので、丁寧に議論していくといいかなと思っています。
ーー研究は今、どんな専門分野で具体的にどのように進めているのですか?
外科系と内科系がそれぞれ7人ずつ。今後依頼する予定なのが、9人ですね。まだ増えるかもしれないです。できるだけ多様な先生方、男女比であるとか年齢であるとかでバラけるようにしています。方法としては、まず各々の先生たちにLVCをリストアップしてもらいます。普段の臨床からでもいいし、周りの先生方に聞いてもらってもいいです。LVC関連でいうとChoosing Wiselyという大事なものがあります。アメリカやオーストラリアやカナダ等の学会が、「こういう医療はしなくていい」とリストアップしているんです。そういうところを参考にしてもらいながら、できるだけ多く上げてくださいという形で依頼しています。文献検索も一緒にしてもらい、こういう根拠でこれはLVCなんだというものも提示していただく。LVCが集まった後でもう一度エビデンスをしっかりチェックします。二人の医師が独立してチェックするので、そこまですれば確実だという形で実施します。
ーーDSTには企業や自治体などさまざまな方が関わってくださっています。それぞれどのようなメリットがあるとお考えでしょうか?
LVCをうまく出すことができれば、その自治体の中で、LVCがどれくらい提供されているかが見えてきます。今でも同じ自治体の中でA地区とB地区で検診の受診率がどう違うかといったデータを出していると思いますが、例えばLVCの特に重要な5つに関して各地域でどれくらいばらつきがあるかや、この地域では特にLVCの提供が多いですよ、といったことをデータで出していけば、すごく役立つのではないかなと思っています。医療計画等で実施してくださいというのにも近いと思うんですが、地域単位でどういった課題があるかが見えてくるので、医師会でこの医療をやめていきましょうとか、こういう指摘があった等、共有することができるのではないかと思います。保険者機能を使って保険組合から指導を入れることも出来ると思いますが、それよりは医療側のプロフェッショナリズムで何とかして欲しいなというのが私の個人的な意見です。それがうまく動かないとなると、ある程度保険組合や行政の方で、強制力を働かせなくちゃいけないのかなと思います。使い方としては地域単位でどの様な医療非効率があるかがわかるので、その地域に対して介入ができるんじゃないかなと思います。
自治体の医療保険財政は限られています。保険料をもとに運営されているので非効率だと保険料がどんどん高くなるんです。非効率さが残っていると、他の健康作りの事業や検診に回せるお金が減ってきてしまいます。直接的なメリットを住民の方々は感じにくいかもしれませんが、回り回ってその地域の方の健康に良い影響が出てくるんじゃないかなと思います。
製薬会社の方々と話していても、直接的というより間接的な影響がすごく大事だと思います。新しい良い薬の薬価がどんどん切り下げられています。効果のない薬を保険から外すということができれば、より価値のある薬に注力できます。そうすると新しい薬の開発に対するモチベーションになりますよね。新しい薬の開発は製薬企業の一つ重大な使命ですから。それが全ての会社の原動力なので、間接的なアプローチにはなるかもしれないですが、そういう価値が製薬会社の方にとってもあると思うのでぜひ応援していただければと思います。
ーー最後にこの研究を通して、どんな未来を望まれますか?
私達の今持っている医療システムは国民皆保険制度で、フリーアクセスで好きな病院に行けるというのが何とか今のところ維持できていますが、これがサスティナブルではないというのは皆さんが思っている通りです。この少子高齢化の中でサステナブルではないものは、今までの医療のあり方を変えていかなければいけない。そのときに何のデータもなく、えいやっ!と変えてしまうのは、一つ間違えると重大な影響を社会に対して及ぼしてしまうことがあると思っています。医師としても、公衆衛生の専門家としても、医療制度を変えていかなければならない中で、しっかりとしたデータに基づいてEBPMを進めていくための仕組みを作ることが大事だと思っています。今回のプロジェクトは、まさにその一丁目一番地だと思っています。
ーー宮脇先生にとってエビデンスとは、一言でいうと何でしょう?
究極的には「納得感」だと思います。民主主義を進めていく上で「納得感」が大事です。わたしたち国民ができるだけ納得することができれば、社会は動いていく。何かよくわからないで決まっているから不平不満が起きたり、それは適切ではないんじゃないかとか思われたり。きちんと透明性を確保することが必要です。その透明性を確保しようとなると、基本的にはエビデンスが一番適したものになってくるのではないでしょうか。
ーー宮脇先生、ありがとうございました!
研究者インタビューの第2段、いかがでしたでしょうか?
第1弾の 食×ウェルビーング研究のインタビューをまだご覧になっていない方はこちらから是非ご覧になってください。第3弾のインタビューもお楽しみに!
宮脇敦士 プロフィール:
2013年、東京大学医学部医学科卒業、医師免許取得。せんぽ東京高輪病院・東京大学医学部附属病院で初期研修後、東京大学大学院医学系研究科社会医学専攻にて、医療政策・応用統計を専攻し、19年に博士号取得。東京大学大学院医学系研究科公衆衛生学教室助教、UCLA医学部客員研究員を経て、23年7月から同大学ヘルスサービスリサーチ講座特任講師。専門は医療政策、ヘルスサービスリサーチ。社会医学系専門医。