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The EVIDENCE 2023 食×ウェルビーングを野村先生にインタビューしてみた!

去年の春、正会員・自治体協議会の皆さんと共に生み出した『the EVIDENCE 2023』

DSTではいよいよ研究も動き出し、今年春頃から徐々に研究の速報レポートが出始めます。

今回は、そのうちの『食事の環境や体験方法がどのようにウェルビーイングに影響を与えるのか』について研究する、慶應義塾大学の野村先生にお話を伺いました。(取材:DST事務局 髙嶋・鈴木)

<本研究の概要:大規模なWEBアンケート調査を用いて、食事体験の多様な側面が、個々の食事選択やウェルビーングにどのような影響を与えているのかを数理統計学的に推定。新たな食事観に基づいたエビデンスが日本社会に生まれ、その応用が国民の健康改善に寄与し、持続可能な保健システムの構築の参考となる事を目指す。>

慶應義塾大学医療政策管理学教室の特任准教授の野村周平先生は、国際保健政策全般を専門とされ、データの力を使いながら様々な分析を行い、政治・行政の意思決定の判断材料となるエビデンスを提供し、社会に貢献し続けています。

一緒に映っているのは野村先生の愛車。毎朝30分かけて自宅から研究室まで通勤しているとのこと。

 はい、私の専門はグローバルヘルス、国際保健全般で、生物統計学で博士号を取得してからは政策研究に注力しています。日本のグローバルヘルス戦略ですとか、外交的な戦略の形成するためのエビデンスを作って、例えば大きな国際会議で議論されるアジェンダを設定するためにワーキンググループに参加したりしています。最近では、広島で開催されたG7サミットですとか、長崎での保健大臣会合など、何を集中的にやるべきかといった議論を各国の首脳や閣僚、官僚らが議論するのですが、そこで議論すべきトピックをワーキンググループのメンバーとして、重要な弾を打ち出していくというようなことをやっています。特に栄養や食に関連するテーマは国際的にも重要な議題の一つとして取り上げられていまして、今はパリで開催される栄養サミットに向けて取り組んでいます。

小さい頃はゲームプログラマーみたいなものになりたいなと思っていたんです。ゲームがかなり好きで、今でもかなり熱中してしまいます。(笑) 

 ですので、プログラミングにも深い興味を持っていました。昔からパソコンや数学と向き合うことが好きで、それが私の興味を科学的な分野に向かわせたのだと思います。

私が研究職に関心を持ち始めたのは、開発途上国を初めて訪れた経験が大きな影響を与えたからです。2008年の大学2年生の時の春休みに、インドとネパールを気まぐれで訪れました。マザーテレサの孤児院や老人ホームでのボランティア活動を通じて、異なる文化や食事、匂いなど、全てが新鮮で興味深い刺激を受けました。それから半年後の夏休みには、コソボを訪れました。コソボ紛争の影響で国内避難民が多く、人道的な支援が必要な状況でした。国際NGOの一員として、衛生用品を支給する活動に参加し、現地で必要とされる物資を調達し配布しました。地元のリーダーや自治体関係者との対話を通じて、その地域で求められているニーズについて学びました。

 この経験から、国際協力や開発途上国への関心が深まりました。一方で、草の根的な活動の重要性を理解しつつ、行政の影響力の大きさを感じて、政策形成に携わる仕事の重要性を強く感じました。そうした中で、データサイエンスが政策形成において非常に役立つと考え、その道を目指すようになりました。

 やはりデータってパワフルだと思っています。政治の世界、行政の世界は非常にナラティブ(物語)が多いんです。いろんなロジックと情熱を組み合わせて伝えますが、結局は人との交渉が大切です。そして交渉も大事ですが、データを提示することで、影響力と信頼性が増します。エビデンスに基づく政策の重要性が高まる中で、データを行政に示すことは交渉の土台となり、透明性をもたらします。このことに興味を持ち、データサイエンスや統計学を大学院でじっくり学びました。行政の仕事を直接支援できることに喜びとやりがいを感じています。

 僕はそっち派ですね(笑)。もちろん、研究者にはいろんなタイプがいます。好奇心は科学において大切な要素です。中には、純粋な探究心から、新しい知見を求めてパズルのピースを一つずつ埋めていくような研究をする方もいます。でも私の場合は、より実践的なアプローチを取り、行政の実務に直接役立つ研究、彼らが必要としているものやまだ気づいていないことに焦点を当てて力を注いでいます。研究者にもいろんなタイプがいますね。

 食事と健康は、日本だけでなく世界中で非常に重要な健康のトピックとなっていますね。多くの健康リスクが存在する中で、「不健康な食事」がタバコ、アルコール、高血圧などと同じくらい大きなリスクであることがわかっています。ですが、この分野での改善はは十分に進んでいません。たとえば、高血圧は自己管理がしやすく治療薬も開発されており、心血管疾患に関連する死亡率は過去30年で大きく減少しています。タバコに関しても増税や喫煙場所の制限などにより、対策が進んでいます。しかし、不健康な食事に関しては遅れが見られています。

 例えば、世界保健機関では食事関連の世界的な目標を設定して、高血圧、糖尿病、肥満などのリスクを減らすことを目指しています。例えば、2025年までに食塩摂取量を30%削減するという目標がありますが、私が専門家委員として関わっているシアトルに拠点を置く国際組織「世界栄養報告」によると、達成が困難な状況です。毎年のアニュアルレポートで指摘しているのは、特に高塩分食の削減目標を達成できそうな国がないという深刻な問題で、WHOが定めた目標にもかかわらず、達成見込みのない現状が明らかになっています。

 行動変容が伴う介入は難しいものがあります。タバコに関する政策、例えば税率を上げるなどのトップダウンの規制は成功していると言えます。ボツワナでは、アルコールに対しても同様のアプローチを採り、アルコール税の徴収や販売時間の短縮により効果を上げています。ですが、食事に対する介入はさらに複雑です。

特に日本のような場所では、行政が企業や食品メーカーに対し不健康な食品を制限するよう促しても、食事は健康だけでなくウェルビーングや幸福感をはじめ、生活の一部として深く関わっているため、簡単には受け入れられません。人間に必要な栄養素である食塩の摂取を制限するような介入は、特に難易度が高いです。明確に害のあるものであれば規制は容易ですが、食塩のように必要なものについては、その摂取をどの程度に調節すべきかについては慎重なアプローチが求められます。

 イギリスでの昔の事例は食生活に関する介入が成功した例としてよく挙げられますね。食品メーカー、例えばパンの業界にあまり食塩を使わないよう呼びかけたらうまくいきました。ただ、8年ほどは目覚ましい成果を挙げたものの、今では減塩対策は停滞しています。減塩商品はなかなか消費者の満足を得にくいんですね。そういった中で、食品業界の人たちの開発努力だけでなく、やはり実際に食べる消費者側の意識や行動も今度は変わっていくことが期待されます。どのような条件下で人々が健康的な食事を選ぶのか、また逆にどのような環境が不健康な食べ物を選ぶ誘因となるのかについては、まだ十分に研究されておらず、チャレンジしたいと思いました。

 このギャップを埋めるために、今流行りのフードテックの影響を研究することも重要ですね。出前館やウーバーイーツなどのサービスが、コロナ禍で急速に普及しましたし、これらが人々の食生活にどのような変化をもたらしたのかを理解することは、今後の公衆衛生への取り組みにおいて非常に有益だと思います。日本では特にですが、高品質な冷凍食品の普及が著しく、これがどのように食習慣を変えているのかについても注目すべき研究テーマと思います。

そうなんですよ。生野菜の冷凍も日本はすごいと思います。研究分野では長期的な視点が重要ですが、冷凍食品の技術進歩のスピードはそれに追いつかないほど速いですね。10年前と比べると、冷凍食品の品質は大きく向上してますし、栄養素を保持しながら凍結できるようになりました。解凍後には新鮮な食品と区別がつかないレベルまで進化しているのではないでしょうか。このような技術的進歩を踏まえると、仮に冷凍食品を選ぶ消費者が健康的な選択をしているとデータから言えるのであれば、そういったポジティブなメッセージを伝えることも重要だと思います。冷凍食品は時間がないときや手間を省きたいときの便利な選択肢ですし、栄養価の高い食事を提供するという現代のイメージに合致しています。そのため、これらの食品の健康への貢献についての認識を改善し、消費者に正しい情報を提供することは、食品業界にとっても、公衆衛生にとっても有益な取り組みと言えるでしょう。

 DSTは食品業界の企業や自治体など、食品サプライチェーンに関連する様々な組織と連携していますね。そのため、これらの関係者からの意見を取り入れながら、直接的なエビデンスを提供し、政策や戦略に貢献することができる環境にいることを喜ばしく思っています。具体的なリサーチクエスチョンには、どのような食事環境や食事体験を持つ人が健康的な食選択をしているのか、ということが含まれています。 1人で食事をすることが多い方の食生活や、家族と共に食事をすることが実際に健康にどのような影響を及ぼしているのかについても関心があります。

 孤食は社会問題として取り上げられることが多く、家族での食事がウェルビーイングに重要とされていますが、フードテックの発展により、食文化が急速に変化している現代では、これまでの常識が変わる可能性もあります。1人で食事をすることで、他人に気を使うことなく自分で食事を選べるため、実は健康的な選択ができているのかもしれません。

 このように様々な観点から食生活と健康の関係を探求し、それぞれの環境や状況における食選択の影響を理解することが目標です。これらの知見は、より良い政策や戦略の形成に役立つと考えています。

 家族のご飯って結構大皿になったりしませんか?大皿料理などの形で食事選択に大きな影響を及ぼすと思います。共有される大皿から食べる文化は、個々の食事量や食品選択に影響を与える可能性がありますね。また、食事環境も重要な要素です。例えば、身近に食材を購入できる場所があるかどうか、そしてその場所へのアクセス方法がどうか、これらはすべて健康的な食事選択に大きく影響するでしょう。食材の入手の容易さは、健康的な選択をしやすくするために重要な要素です。コンビニ業界にとっても、これは大きな機会ではないでしょうか。コンビニは都心部では広範囲に存在するものの、健康的な選択肢が限られている地域では、品揃えを改善することで、健康への貢献とビジネスの拡大の両方を目指す動機付けとなるかもしれません。

 また、例えば自治体が提供するシェアサイクルなどの取り組みも、健康的な食事選択に寄与する可能性があります。これらの施策が、地域住民が新鮮で健康的な食材にアクセスしやすくなるよう助けるかもしれません。食事選択とその人が置かれている環境は、行政や業界にとって非常に価値のある情報ではないでしょうか。この全体像を理解し共有することで、より健康的な食生活に寄与する政策やサービスを形成することが可能になると考えています。そういった意味で、食事と環境の関係性についての深い理解は、やはり健康促進と公衆衛生において極めて重要な要素ですね。

一つ大きなビジョンとしては、地域社会の人たちが健康的な生活を送るための手段が増えることです。この目標に向けて、行政や食品業界が協力して、健康的な食事選択がしやすい環境を整えたり、あるいは不健康な食事に手を出すことにワンクッション入ることによって健康的な食事選択のプロモーションが進んでいく。これにより、食塩の摂取を控えるなどの健康的な行動が増え、長期的には血圧やコレステロールレベルの改善が見込まれます。究極的には、健康を維持することで、病気や入院を予防し、医療費の節約にも繋がるでしょう。このような一歩一歩の改善が、やがて社会保障の持続可能性にも寄与することを願っています。

例えば行動変容では、直感的な理解が重要だと考えています。例えば、単身で食事をする人たちが健康的な選択に限界を感じている一方で、友人と共に食事をする人々が自然と健康的な選択をしているという事実が明らかになったとします。そのような知見があると、消費者は「人と共に食事をすることの大切さ」を感じる瞬間があり、その時にデータの価値が生まれると考えます。このような気づきが、より良い食生活への意識改革を促すでしょう。また、食品業界にとっても、消費者がどのような食事体験を求めているかを理解することは非常に有益ではないでしょうか。フードデリバリーや食材デリバリー、パッケージ提供など、どのようなサービスが求められているのか、そしてそれを求めるのが一人暮らしの人たちなのか、家族と住んでいる人たちなのか、施設に住んでいる方なのかを知ることで、企業はよりニーズに合ったサービスを提供できると思います。このようにデータを活用することで、消費者にとってより良い食事体験を創出し、同時に企業の成長にも繋げることができると考えています。

 そうですね。健康に関係する界隈で働いている人たちはみんな似たようなビジョンを持っていると感じてます。平等、誰しもがというのは非常に重要なポイントなので、我々のデータが、企業さんの努力、行政や自治体さんの努力、そして消費者においても役立てていただきたいなと思います。

それでは最後に皆様にメッセージをお願い致します。長年に渡りグローバルヘルスの分野で働いてきた経験から、食と栄養は人の健康を良くする上でトッププライオリティの一つだと私は確信しています。政策立案者、企業、NGOなど世界中のさまざまな組織が食と栄養に対する関心をどんどん高めています。DSTはその流れにしっかりとトップで乗っていらして、我々が提供するデータも含め、食と栄養の重要性を社会中に広めることで、産業に新たなビジネスチャンスをもたらし、消費者の健康にも良い影響を与えると考えています。このようなポジティブな環境を共に作り上げていければと思いますので、ぜひご一緒していただきたい。

プレッシャーになりました(笑)。アンケートの実施は2月ぐらいで、1ヶ月エフォートをバリバリ割いて、一気にやろうと思っているので、どこのチームよりも早く結果を出したいです!

野村先生にとって『エビデンスとは』

公衆衛生の世界で言えば、私は一種のコンパスのように考えています。行政関係者との議論では、「ナレッジギャップ」という言葉をよく使います。実際の状況が認識と異なることはよくあります。私たちが向かうべき、探究すべき方向性について気づきを与えることが、私の役割の一つだと思っています。

野村周平 プロフィール:

2011年、東京大学薬学部薬科学科を卒業し、2013年に同大学院国際保健学専攻の修士課程を修了。国連開発計画(UNDP)タジキスタン事務所及び世界保健機関(WHO)ジュネーブ本部でインターン経験を経た後、2016年にインペリアル・カレッジ・ロンドン公衆衛生大学院の疫学・生物統計学教室で博士課程を修了(2019年に博士号を取得)。同年、東京大学大学院の国際保健政策学教室で助教として着任(2019年より非常勤)。また、2019年に慶應義塾大学医学部の医療政策・管理学教室に特任准教授として着任。2022年より、米国拠点の国際プロジェクト「世界の疾病負荷研究」(現在160カ国、1万人のメンバーシップ)の科学評議員の議員を務める。専門分野は国際保健政策、国際保健外交、疾病負荷、ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)、災害・健康危機管理(Health EDRM)、栄養科学と政策、パンデミックに対する予防・備え及び対応(PPR)。主に、データに基づく意思決定を支援する研究を行い、新型コロナウイルスを含む日本の健康問題の分析や、国際的な保健医療政策の影響評価に注力している。詳細